スペインに広まったタイルと歴史のお話

スペインのタイルの歴史カバー画像

スペインでは、室内装飾や家具などに埋め込まれたタイルの事をAzulejo(アスレホ)と呼びます。これは、かつてギリシャ人やアラブ人たちが好んで用いた青い石(Lapiz Lazuli)が語源だとされています。タイルの素材は土や石を粉砕した粘土です。これを成形して高温で焼き固めたものに、釉薬(焼き物の絵付け用の薬)を掛け更に高温で焼成します。タイルに掛けられる釉薬は、窯の中の高い熱でガラス質の皮膜となりタイルの表面を覆ってくれます。これにより傷つきにくく、汚れや熱に強い素材へと変化すると共に、水の浸透をも防ぐ優れた焼きものになるのです。

表面をガラスコーティングすることで強度を増したタイルは、釉薬でさらに多種多様な紋様や柄を表現しながら装飾を行うことができるようになります。

このような特徴を兼ね備えたタイルは、古くから人々と共に生き、実用性と耐久性を兼ね備えた長い歴史をもつ焼き物であるだけでなく生活必需品でもありました。
紀元前350年頃、エジプトやペルシャ、中国では既に現在の釉薬を用いたタイルに近いものが作られていたと言われています。
スペインやポルトガルのあるイベリア半島は、イスラム帝国が勢力を増した8世紀頃には既にイスラム教の支配下にありました。

そのため、タイル制作に伴う技術も早い段階で広まっていきました。新たに持ち込まれたイスラム文化とキリスト教の文化の建築様式が、同じ場所で長い間共存していた、という特殊な歴史的背景がスペインに今も残されている建築物の外観の興味を唆る理由の一つなのかもしれません。
イスラム文化がイベリア半島に上陸したことで、タイルを使った様々な建築装飾が急速に広まりを見せていくのです。

タイルの中でも特徴的な幾何学模様のデザインは、正にこの時代に伝来したものです。
今日ではスペインの南部を中心とした各地でその多くを目にすることができます。

スペインに残るイスラム建築の建物で一番有名なのが、アンダルシア地方のグラナダにある世界遺産アルハンブラ宮殿です。
この宮殿は、スペインにイスラム文化が持ち込まれた歴史を証明する代表的な建造物として知られています。アルハンブラ宮殿内のインテリアには、多くのタイルが色とりどりに装飾され人々を魅了させます。

15世紀末にキリスト教が勢力を巻き返しイスラム教の勢力がイベリア半島から追われるまで、スペインの多くの建物にタイルの装飾は不可欠な存在でした。
レコンキスタが完了して再びキリスト教が勢力を巻き返した事で、様々なものが改宗されていきました。しかしそれでも以前に建てられたイスラムデザインの建造物の多くは壊されることなく、そのままに今日まで伝え残されています。その為、今でもスペインの多くの場所で当時の面影を残す歴史的な装飾デザインをもつ建造物を見ることができるのです。

スペインだけでなく、ポルトガルの離宮にもタイルを施すようになったのは15世紀末。スペインを訪れたポルトガル王がスペインのアルハンブラ宮殿に魅せられたのがきっかけと言われています。それを機に、ポルトガルでもタイルの製造が盛んになっていきました。16世紀には幾何学模様などの特徴的なタイルを多く輸入し、宮殿だけでなく教会や修道院の壁の装飾にタイルが多く用いられました。ポルトガルのタイルは、この場所で独自に生み出されたモチーフや青を基調とした特徴的なデザインを守り続けながら、今も駅舎や住宅をはじめとした多くの場所で素晴らしいタイル文化を継承し続けています。

タイルの装飾技術には、幾つか方法があります。
西美里愛の作品でも多く用いているクエルダ・セカの技術は、かつてオイルを染み込ませた綱(Cuerda)でデザインを描き、そこに水で溶いた釉薬を流し込んでオイルと釉薬を弾かせて絵付けをするものです。油を含んだ綱は、その後の焼成で焼けて消えてしまいます。溶けてガラス質へと変化した釉薬のみが高温焼成の後にタイル上に残り表面を覆う、という原理です。現在ではこのCuerdaの代わりに、先端の細い特殊な筆やスポイト、その他実用的な道具を用いて絵付けを行っています。

クエルダ・セカの他にも、表面全体に釉掛けしたタイルの上に絵を描く水彩画に似たテクニックのソブレ・バーニョ技法や石膏型に粘土を嵌め込んで凹凸のタイルを作るアリスタタイルなど…沢山の技法があります。
長い年月を掛けて多くの職人達がこれらの様々な技術を駆使し人物や動植物、歴史的な古典神話や宗教に纏わる様々なモチーフを描いてきました。そうして今日に至るまでタイルを芸術性の高いものへと変えていきました。

当時の人々の暮らしや風習、職業などにユーモアを込め、風刺的にタイルへ描くことも多くなりました。
彩りも増し、タイルのイメージも次第に明るく変化していきます。中国や日本、オランダの作品の影響で青一色のタイルが流行する時期もありましたが、18〜19世紀にはタイルの絵付けは一層多彩色で鮮やかなものが好まれる様になります。
タイルは室内装飾だけではなく、建物全体の外壁を華やかに飾るようになったのです。

一般住宅においても、人々は自宅の壁などをタイルで覆いました。タイルを外壁に施工することにより、豪雨や湿度から家を守り、暑い夏にはひんやりと涼しく過ごすことができるからです。
住宅はもちろん、街の通りの標識や看板・店舗や鉄道の駅などにもタイルが貼られる様になり、タイルの需要が急速に増え生産は盛んになっていきました。
質の良い高価なタイルは、貴族たちの住居にも多く取り入れられました。このような歴史あるアンティークタイルは多くの収集家やミュージアムのもとで保管され、今でも貴重なタイル文化を知る手がかりとなっています。

機械生産された安価なタイルが大量に作られる中、それに対抗する様にタイル職人たちは更に腕を磨いて手作りの素晴らしいタイルを作り続けていきました。
スペインの人々にとって、タイルはその成り立ちと共に生きてきた長い歴史があり、そして彼らの生活に彩りを与えるためには欠かせないものとなっていったのです。
タイルは多くの人々の関心の的でもありました。今でも手作りの温かみを持った素晴らしい芸術品として常に次世代に受け継がれ、その質が正に職人たちの技術の高さを示しているのです。